取扱商品一覧

主要取扱商品

栃木のお酒

仙禽[栃木] 株式会社せんきん 仙禽(せんきん)は、江戸時代後期の文化三年(1806年)に栃木県さくら市に創業した蔵元です。 仙禽(せんきん)とは仙人に仕える鳥「鶴」を表し、この蔵の名前として代々、受け継がれてきました。 「酒は工業製品でなく、伝統工芸品でなくてはならない」と、それぞれの酒の特性に合わせて丁寧に手作り。大谷石で築かれた蔵で醸された酒は、地下50mの大谷石採掘跡で酒を貯蔵熟成。木桶仕込みも復活させ、栃木の地酒の本質を突き詰めています。 大那[栃木] 株式会社菊の郷酒造 慶応2年(1866年)に創業された酒造業は、「一流」「君の友」等、代々の銘柄を経て昭和30年(1955年)菊の里酒造に発展し、多くの皆様にご愛飲頂いております。 家族三世代と従業員一人の大変小さな酒造です。製造本数は年間300石(一升瓶3万本)と全国的にみても小規模です。酒造期間は10月後半から4月前半迄です。 本来日本酒は、食事と一緒に楽しむもので、しっかりとしたお米の味をベースにやさしく包み込むような酸味と、口に残らない切れ味が大切と考え究極の食中酒を目指しています。
旭興[栃木] 渡邉酒造 栃木の小さな地酒蔵。 全国新酒品評会はもちろん、90年以上の歴史を持つ南部杜氏自醸酒品評会でも毎年素晴らしい成績を 収めている、栃木の隠れた銘醸です。 若き蔵元専務・渡邉英憲氏が杜氏として、類まれなるセンスを発揮して醸し出す銘酒は、 八溝山より流れ出る武茂川伏流水の清冽な仕込水、地元産の高品質な酒造好適米、 厳寒期にはマイナス10℃以下にまで下がる冷涼な気候の下丁寧に醸し出され、 芳醇な旨味がありながらも雑味のない、辛さの中にも深みを感じさせる酒質で地元では 圧倒的な支持を得ています。 年間石数は約七百石、しかもその99%が地元黒羽をはじめとする県北で消費されてしまい、 県外は勿論、栃木県南でさえもなかなか目にする事が出来ない希少な酒として、知る人ぞ知る存在です。 流行りに流されない足元をしっかり見据えた酒造りに注力している栃木の次代の注目蔵です。 姿[栃木] 飯沼銘醸株式会社 飯沼銘醸株式会社は文化8年(1811年)に堺屋 岩次郎氏が創業した現在8代続く酒蔵です。 蔵が創業し200周年を迎えました。 岩次郎氏は新潟県の越路町の出身で「出稼ぎ酒屋者」と呼ばれる、出稼ぎでこの地に来て酒蔵となった一人だと言われています。 宇都宮市の南西に位置する栃木県西方町に蔵は有ります。 良質なコメの産地として知られる西方町の田園地帯に位置し、主力銘柄は「杉並木」で、「姿」はほんのごく少量造られているお酒です。搾ったそのまんまの姿を味わっていただくため、無濾過生原酒を基本として出荷されます。 果実香とバランスを取るためしっかりとしたボディで香りとのバランスを取っています。 良質の香りにしっかりとしたボディでバランスを取り、味わいは深く柔らかく、柔らかさの中に秘めたパワーを感じさせるお酒を作っています。

栃木以外のお酒

豊盃[青森] 三浦酒造 創業は昭和初期。年間生産量400石という家族中心の小さな蔵ですが、父である三浦慧社長の指揮の下、若き5代目となる三浦兄弟が杜氏として先頭に立って仕込みに入り、岩木山・赤倉山系の伏流水と契約栽培された良質の酒造好適米を用いて、造り手の顔がみえる丁寧な小仕込みにこだわって酒造りを行っています。 三浦兄弟の兄・剛史氏、弟・文仁氏は、共に20代という若さで後継者として仕込みに入りましたが、その熱い情熱と若い感性によって醸し上げる代表銘柄「豊盃」は、味のふくらみ、柔らかくて温かみのある旨みを特徴とした優しい香味で全国の日本酒ファンから高い評価を得ており、東北の新旗手として現在注目を浴びる期待の銘柄です。 花泉[福島] 花泉酒造合名会社 蔵のある南会津町の旧南郷村は、いまも毎年、冬になると2メートル近くの雪が降り積もる、日本有数の豪雪地帯です。 その昔、まだ道路や流通が発展していなかった時代には、雪によって峠が閉ざされてしまい、思うように村外から物が届かず、お酒も手に入りにくい状況がありました。 そこで、「お酒がないなら、自分たちで旨い酒を造ろう!」という想いを持った地元の人たちが集まって、自ら酒造りを始めたのが、花泉酒造の始まりです。 だから、酒造会社には珍しく、花泉酒造には世襲の蔵元がいません。 100年近く経ったいまも、「自分たちが旨いと思う酒」を造ろうという、その精神は引き継がれています。
阿櫻[秋田] 阿桜酒造 阿桜酒造は明治19年にかまくらで有名な雪深い町 秋田県横手市に創業された伝統ある酒蔵です。 全国五大杜氏の一つである秋田の山内杜氏 照井俊男のもと、情熱を燃やす蔵人達により、技の粋を集めた長期低温醗酵の秋田流寒仕込のお酒を醸しております。 職人技の域をはるかに越えた杜氏の「大胆かつ緻密な」酒造りは、長い伝統の中で受け継がれてきたもので、まさに「芸術」と言っても過言ではないでしょう。 「飲む方に、蔵人の情熱が伝わる酒」をコンセプトに造り続けられてきた阿桜の酒。 すべての商品に、時代を越えて「魂」を注ぎ込んできました。 神亀[埼玉] 神亀酒造株式会社 嘉永元年(1848年)創業。昭和62年には、仕込む酒のすべてを純米酒に転換、戦後初の全量純米蔵に。「神亀」は、かつて蔵の裏手にあった「天神池」に棲むという「神の使いの亀」に因んだ銘柄名。「ひこ孫」とは曽孫の意、三年以上の熟成を経た酒に冠らせる銘柄です。仕込み水は、秩父系荒川の伏流水。硬水使用ならではの骨格のしっかりとした辛口純米酒を醸しています。そのフルボディの純米酒が熟成によって、さらには、燗酒にすることで、実にしみじみとした旨み、優しい飲み心地という長所が現れるのが神亀という酒の真骨頂。飲むことで食欲が増す食中酒でもあります。そんな基本の純米酒をベースに、活性にごり酒、無濾過生原酒、長期熟成酒など純米酒の持つ多彩な味わいをも発信し続けています。
八海山[新潟] 八海醸造 新潟県南魚沼市長森に本社を置く企業。創業は1922年(大正11年)で、新潟の地酒を代表する銘柄『八海山』の酒蔵である。仕込水『雷電様の清水』など酒造りに最適の雪国魚沼の環境条件と「寒梅と八海山は兄弟蔵」と言われた酒造りの技で、淡麗辛口の酒質評価が高い食中酒。製造方針は、「大吟醸酒製造技術の全酒類製造への応用」。新潟県内では、朝日酒造(売上高81億)・菊水酒造(売上51億)に次ぐ業界3位である。清酒以外では、発酵食品企業として『米・麹・発酵』をコンセプトにしている。 謙信[新潟] 池田屋酒造 創業1812年(文化9年)、酒名である「謙信」の由来は、越後の武将「上杉謙信」が、敵将「武田信玄」に塩を贈ったと美談の残る千国街道沿いに酒蔵があることから令名されています。 原料処理から徹底的に仕込み内容を見直し、若き製造担当者である池原常務が一から造り上げた銘酒「謙信」は、石数九百石の蔵なれど、小さい蔵ならではの手造り感を大切にしながら、ベテラン杜氏の技と若い感性を取り入れた新しいタイプの新潟清酒を目指しています。
梵[福井] 加藤吉平商店 酒造業としての創業は1860年(万延元年)。この年は、桜田門外の変が起きた年です。 この蔵元の転機は大正時代後期から昭和の初期にかけ北陸清酒鑑評会で4年連続でトップ受賞したことから始まります。その事が評価され昭和3年、昭和天皇の即位の儀式(御大典の儀)で使われる日本酒として、地方清酒として初めて採用されました。 それを皮切りに、数々の政府主催の式典などに使用され、近年では、国内はもちろん、アメリカやカナダ政府主催の式典にも採用され、世界の要人が集まる席で活躍する日本酒に至っています。 醸し人九平次[愛知] (株)萬乗醸造 平成9年”醸し人九平次”という銘柄で彗星の如く現れ、スタートした若き15代目 久野九平冶さんと、同級生であり友人である杜氏の佐藤彰洋さん、ほか20代の蔵人でお酒を造る800石の蔵元さんです。お二方共に日本酒業界とは全く縁がない業種(九平治さんはモデルや劇団員、佐藤さんはエンジニア)をしていました。ある年の暮れに父と杜氏が共に病に倒れ、急きょ蔵に戻り15代目を襲名。佐藤杜氏を誘い人一倍努力し現在に至ります。そんな蔵元さんは、『貴賓・優しさ・懐かしさを感じていただけるお酒を造りたい 』と語ります。
賀茂金秀[広島] 金光酒造合資会社 金光酒造の創業は明治13年。以降「桜吹雪」をメインブランドとして販売していましたが、平成の時代に入っても普通酒を中心に造っていた蔵元であり、年間製造量は300石という小規模であったため、全国有数の名醸地である西条地区を擁する広島県において、金光酒造は高いポジションに位置する酒蔵ではありませんでした。 『それで良いのか?』 そう疑問を感じたのが、金光酒造5代目に当たる、当時28歳の金光秀起氏です。 東京農大の醸造学科を卒業後、小規模な酒蔵であるからこそ、品質重視の少量生産をするべきと考え、直ぐに蔵に入り自力で吟醸酒造りにチャレンジを開始しました。・・・ 久保田[新潟] 朝日酒造 1830年(天保元年)創業。銘柄は創業時の屋号で昭和60年に誕生。平成27年に30周年を迎え、記念酒が発売された。品質管理、冷蔵管理のできる酒販店を特約店(久保田会)として流通網を築く。顔の見える商品流通を目指すことから、インターネットでの露出は避けてきたが、近年時代の流れから解禁され、広く扱われるようになった。1985年に久保田が誕生して以来30年、酒通から高い評価を得る意欲的な銘柄の数々を世に送り出してきました。

本格焼酎

魔王[鹿児島] 白玉醸造 この蔵元のレギュラー焼酎は白玉の露。約20年前、焼酎業界の今後(若者のお酒離れ等)を危惧して減圧蒸留の魔王を現在の社長が造り出した。ロックで飲むと芋の臭いがしない。しかし、入手は困難で、発売当時は焼酎の名前に魔王とついていた事に驚く人も多かった、ところが現在では類似した商品も多く如何に魔王なる文言が斬新で奇抜であったかが伺える。また天誅は米系、元老院は麦の樫だる貯蔵でウイスキー感覚で飲める。当時鹿児島で米焼酎・麦焼酎を販売目的で製造する蔵は多くはなかった。その観点からも醸造に対する姿勢は非凡かもしれない。梅酒は昔ながらの田舎風の味わいがあり昔はサロンピスなる名前で販売していたが現在は薩摩の梅酒、彩煌の梅酒で売り出している。もともと営業に対する力は弱く商品開発力は高いものがある。 なかむら[鹿児島] 中村酒造場 昔ながらの純手造りの焼酎蔵 大正時代初期に建てられたレンガ造り蔵、レンガ造りの角張った煙突が目を引く、風情のある小さな焼酎蔵が、明治21年創業の中村酒造場です。現在、芋焼酎ひとすじに、増産する事なく、蔵全量を手造り製造しています。昔ながらの手造りの良さを厳格に守りつつ、現代にマッチした味を生み出し、都市部でも人気の高いプレミアム芋焼酎となっています。 中村酒造場は、鹿児島県霧島市にある国分平野と呼ばれる田園地帯にあり、1888年から今日まで続いています。焼酎造りの“命”とも言うべき麹造りを、九州でも三蔵しかないといわれる石造りの麹室にて行い、すべての銘柄を純手造りの製法により仕込んでいます。

その他取扱商品

上記以外のお酒も多数取り揃えております。 詳細は、メール(jizakeya@cello.ocn.ne.jp)、電話またはファックスで問い合わせください。 TEL 0287-22-2505 FAX 0287-23-8233 営業時間 10:00~19:00 火曜定休

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